大阪高等裁判所 平成10年(う)1133号 判決 1999年7月16日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役四年に処する。
原審における未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官中尾巧及び弁護人大槻和夫作成の各控訴趣意書に、検察官の控訴趣意に対する答弁は、弁護人大槻和夫作成の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。
検察官の事実誤認、法令適用の誤りの控訴趣意について
論旨は、原判示第三の事実について、検察官が強盗として公訴提起したのに対して、原判決がこれを窃盗として認定し、その法条を適用したのは、法令の解釈・適用及び証拠の評価を誤った結果、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実を誤認し、法令の適用を誤ったものである、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を精査し、検討する。
記録によれば、原判示第三の事実について、原審における公訴事実の要旨は、「被告人は、甲野太郎と共謀の上、原判示第三記載の日時場所において、被害者乙川花子が、被告人らの原判示第二記載の強姦行為に極度に畏怖し、抗拒不能に陥っているのに乗じ、同女からその所有に係る現金約二五〇〇円等在中の財布一個を強取した。」というものであったのに対し、原判決が、「被告人は、右強姦終了後の同日午後八時三〇分ころ、右強姦現場において、被害者が右甲野に口淫を強いられている隙に、傍らに置かれていた同女の鞄から前記財布一個を窃取した。」旨の原判示第三の事実を認定したことが明らかである。そして、原判決は、「[強盗罪の訴因に対し窃盗罪を認定した理由]」の項で、原判示第三の事実に係る被告人が被害者の財布を奪取した具体的経過に関して、同項二の1ないし5記載のとおりの事実を認定しているが、右事実認定は概ね正当であって、当裁判所もこれを是認することができる。すなわち、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人と甲野太郎は、原判示第二記載のとおり共謀の上、被害者に対し暴行脅迫を加えて同女に各二回強いて口淫させ、また同女を各二回強いて姦淫したこと、甲野は、いまだ射精していなかったため、その後、引き続き、おびえきって地面に座り込んでいた被害者の正面に立ち、同女の後頭部を両手で押さえ付けるなどして、同女の口に自己の陰茎を押し込み、強いて同女に口淫させたこと、その間、被告人は、甲野の背後約二メートルの地点に位置して、見張りをしていたが、足下付近に同女所有の鞄があるのを認め、右鞄内から同女の金品を奪おうと決意し、甲野や同女を一瞥し、両名ともに見ていないことを確認しつつ、右鞄内から原判示第三記載の財布一個を取り出し、これを自己のジーパンのポケットに入れたこと、甲野は、右口淫強要行為の途中、背後を振り返った際、一瞬、同女の鞄を開けて中を覗いている被告人の姿を目にしたが、すぐに向き直って口淫強要行為を続行し、やがて同女の口内に射精したこと、その後、犯行現場から逃走し公園に至った被告人は、同所で初めて甲野に対し、右財布を奪ったことを伝え、その後、財布内の現金を山分けしたこと、なお、被告人は、甲野が鞄を開けて中を覗いている自分の姿を目にしたことに気付いていなかったこと、被害者は、被告人らが現場を立ち去り、帰途に就くまで、被告人が鞄内を覗いていたことにも、鞄内から財布を奪取したことにも気付いていなかったこと、以上の事実が認められる。
以上の事実関係のもとでは、原判決が、強盗について、被告人と甲野との間に共謀のあった事実を認めなかったのはもとより正当であるけれども、被告人は、甲野との間で被害者を強姦することについて共謀の上、被害者に対し、暴行、脅迫を加えて、同女の反抗を抑圧し、共犯者とともに、各二回口淫強要行為や姦淫行為に及んだ後、共犯者である甲野がいまだ被害者に口淫を強いている最中であり、自らは、その傍らでその見張りを行っていた強姦の実行行為継続中に、同女が右状態にあることを認識しつつ、同女の鞄内から財布を奪ったものであるから、被告人の右行為は、暴行又は脅迫を用いて被害者の財物を強取したものというべく、刑法二三六条一項の強盗罪をもって論ずべきものである。原判決はこれを窃盗と認定した理由として、強盗罪が成立するためには、財物奪取の目的で、相手方に対しその反抗を抑圧するに足りる暴行又は脅迫を加えて、これを手段として財物を奪取することが必要であるところ、財物奪取の犯意を生じた時点で、相手方がすでに反抗を抑圧された状態に陥っている場合も同様に、強盗罪が成立するためには、相手方が反抗を抑圧された状態にあることを利用し、あるいはこれに乗じて財物を奪取したというだけでは足りず、たとえその程度は軽くとも、財物奪取の手段としての新たな暴行又は脅迫がなされたことが必要であるというのであるが、本件のように、被告人自らあるいは共犯者の行為により、被害者をして、犯行を抑圧された畏怖状態に陥れ、かつ、前認定のとおり、いまだ、共犯者が強姦の実行行為を継続中であり、被告人自身もその傍らで見張り行為をしている最中に、被告人が単独で被害者の財物を奪取する旨決意してこれを実行し、その後も共犯者による強姦の実行行為や被告人自身による見張り行為が継続された場合、強盗罪の成立を否定する理由は見当らない。共犯者が現に実行継続中の行為は、被告人もその罪責を負うべき暴行行為にほかならず、本件の場合、被告人に財物奪取の犯意が生じた後に、被告人自身の行為による財物奪取に向けたあらたな特段の暴行又は脅迫がないのは、むしろ、その必要がないためと解される。また、被告人に、右状況にあることを認識した上で財物奪取に及ぼうとする意思があったことの優に認められる本件の場合は、強盗の犯意に欠けるところもない。
結局、原判示第三の事実を窃盗罪に該当すると認定し、これに刑法二三五条を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるというべきであり、論旨は理由がある。
よって、検察官のその余の量刑不当の控訴趣意、弁護人の量刑不当の控訴趣意に対する判断をするまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件について更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
原判示の罪となるべき事実中、第三を、「前記第二の犯行中である同日午後八時三〇分ころ、右強姦現場において、右乙川花子が被告人らの前記強姦行為によって極度に畏怖し、抗拒不能状態にあって、なおも右甲野に口淫行為を強いられているのに乗じ、同女からその所有に係る現金約二五〇〇円及び名刺等六点在中の財布一個(時価合計三〇〇円相当)を強取した。」と改めるほかは、同事実記載のとおりである。
原判決の挙示する証拠により認定した被告人の判示第一の所為は、刑法六〇条、二三五条に、第二の所為は同法六〇条、一八一条(一七七条前段)に、第三の所為は、同法二三六条一項に各該当するところ、第二の罪の刑について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、なお、犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽した刑期の範囲内で処断することとし、情状について、本件記録を調査し、当審における事実調べの結果を併せて検討するに、本件は、平凡なサラリーマン夫妻の四人兄弟の末子として成長した被告人が、両親に経済力があったためもあってか、定職にも就かず無為徒食中、遊興費欲しさに、不良仲間とともに、通行中の身体の不自由な被害女性から手提げバッグをひったくり窃取した窃盗の事案(第一)、性欲の赴くまま、いわゆるナンパ仲間とともに、通行中の女子高校生を言葉巧みに小学校の校庭に連れ込んで、こもごも口淫強要行為や姦淫を繰り返し、同女に処女膜裂傷の傷害を与えた強姦致傷の事案(第二)及びその際、判示の経過で、被告人が単独で同女の財布を強取した強盗の事案(第三)であるところ、いずれの犯行についても、犯行に至る経過や動機に酌むべき事情の認められない悪質な犯行であり、殊に、性経験のない一五歳の女子高校生に対し、校庭に連れ込んだ後は突然態度を豹変させて、特殊警棒を突き付け、あるいはコンクリート製ブロックを振り上げるなど強度の脅迫を加えて輪姦し、執拗に口淫を強要するなど激しい性的陵辱行為を加え、さらに、被告人は、被害者が共犯者からいまだ口淫行為を強要されている最中に同女の財布を強取した上、犯行後被害者に対し、平然と「今何があったんか。」と申し向けて口止め工作を行うなど、その犯行の態様は冷酷であり、犯行後も被害者を思い遣る心情は全く見受けられないこと、被害者は心身に甚大な被害を被り、現在もなお、その痛手から十分には立ち直れないでいること等を併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いというべきであるが、他方、被告人の両親において、第一の被害者に対して二万円を支払い、第二、第三の被害者の両親に対し、三三〇万円を支払って、同人らとの間で示談が成立し、同人らから嘆願書が提出されたこと、被告人の家族による更生の援助が期待できること、本件各犯行当時被告人は少年であったこと、被告人は、原判決後、さらに反省の態度を深めたこと等、弁護人が控訴趣意書で指摘する被告人のために酌むべき事情をも十分考慮に入れた上、被告人を懲役四年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田元彦 裁判官 杉森研二 裁判官 岡田信)